ロムカートリッジ

 ファミコン世代  初めての家庭用ゲーム機  ロムカートリッジ  復活の呪文
 RPGの歩み  高橋名人の16連射  ゲームのトリビア  
  • 記念すべきファミコンソフト第一弾はドンキーコングで、容量は192kしかなかった。
    ファミコン後期には最大4MB(ドラゴンクエスト4など)まで拡張。
    デジカメの写真を記録することもできないサイズだが、当時はこれでやっとだった。
  • ドンキーコングファミコンのロムカートリッジディスクシステムのフロッピー
  • 1990年、スーパーファミコンに進化すると8MB(FF4など)、最大32MB(ドラクエ6など)の容量をサポート。
    今でこそ、あまり変化のないように感じるが、それは大間違いである。
    プレステ1がいきなりプレステ3にパワーアップしたと思えばわかりやすい。
    また、52色中25色しか1画面に表示できなかったファミコンが、32768色中256色という驚異的なスペックに生まれ変わったのだ。
    しかし、ロムカートリッジの値段も跳ね上がり、8MBで9240円(税込)、16MBで10290円(税込)が相場になった。そう易々と買えたもんじゃない。
  • 90年代前半は格闘ブームの全盛期。
    ゲーセンにはその火付け役となったストリートファイター2(以下スト2)に群がる猛者で溢れていた。
    待ち時間だけで体力を消耗し、気がつけば夜になっていることも少なくなかった。
    プレイしたくてもプレイできない!やり場のない怒りをどこにぶつければいいのか?
  • そんなときビックニュースが舞い降りた。
    なんと、スト2がスーパーファミコンに移植されるというではないか!
    家でスト2ができる。行列に加わるだけの毎日に別れを告げることができる。
    誰もが夢みた移植だけに、開発元のカプコンに対する期待は相当なものだった。
  • 一方、業界でささやかれたのは、スト2の移植は容量的に不可能とされるもので、様々な憶測を呼んだ。
    しかし万全を期して発売されたスト2はスーパーファミコンの限界を超え、初の16MBという圧倒的なボリュームを引っさげて登場。格闘マニアの心を見事に捕らえたのである。(1992年6月10日)
  • スーパーファミコンスーパーファミコンのロムカートリッジストリートファイター2
  • NEOGEOというゲーセンの筐体並みのスペックを備えた家庭用ゲーム機の存在も忘れてはならない。
    ゲーセンのクオリティをそのまま家庭で味わえるという代物で、アーケードゲームの移植が主だった。
    本体が58000円、ゲームソフトが30000円以上と恐ろしく高価だったため、一部のマニアにしかウケなかったが、 「100Mショック」という大容量をかかげた宣伝がちまたに流行し、一大ブームとなった。
    それほど世間は容量というものに敏感で、容量の多いゲームが内容のあるゲーム、つまり面白いという図式が成り立っていたのだ。
  • しかし、1994年12月4日、プレイステーションが登場してからというもの、その図式は大きく変わる。
    ソフトの媒体がロムカートリッジからCD-ROMになり、事実上、容量の制限がなくなったからだ。
    CD-ROMの容量は1枚650MB。枚数を増やせば4枚組にすることも可能で、容量が内容と比例する時代は 終わりを告げた。
  • ネオジオプレイステーションファイナルファンタジー8
  • ただし、これはゲームを遊ぶ側の認識であり、開発サイドでは常に容量という名の呪縛と戦っていた。
    次世代メディアのブルーレイ(2層50GB)に移行した今でも、それは変わらない。
    画面の美しさはもとより、オリジナリティ溢れる演出とCD-ROMの読み込みを感じさせないこと。
    これがゲームメーカーに与えられた課題であった。
  • なお、ファミコンカセットを30分の1くらいに小さくしたDSカードには1GB(1000MB)以上の容量を入れることが可能だ。
    技術の進歩には目を見張るものがあり、つくづく関心させられる。